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あなたはこうやって結婚生活に失敗する(17)

11)(12)(13)(14)(15)(16)(17)(18)(あとがき) 女性編

結婚26年

結婚して四半世紀、あなたは家族のために身を粉にして働き続けてきました。娘さんを4年制の大学に通わせ奥さんにも専業主婦としての楽しさを存分に味合わせてきたつもりです。あなたは家族を守るのが使命というか義務とまで考える真面目で実直な性格でした。そんなあなたですので職場でも周りに気を使い敵を作らないタイプの社員で通してきました。出世競争では勝ち組とまでは言えませんが、負け組に入るほど劣っていたわけでもありません。まぁ、中の上か上の下あたりでしょうか。ですので役職は課長まで上りつめていました。

既に会社に勤めて30年が過ぎようとしていました。あと数年すると定年退職です。あなたはサラリーマン生活を全うさせるべく一生懸命働いていました。過去にはいろんな苦しい出来事に遭遇したことももちろんあります。例えば、仕事場にパソコンが導入されたときも同期の中には対応できずに閑職に追いやられた人もいました。しかし、あなたは家に帰ってから夜中にひとりで参考書と格闘しました。そして必死に若い人に食らいついていき、落ちこぼれることなく今に至っています。

あなたが勤める会社は世間的に有名ではありません。しかし、業界ではそこそこの知名度があり優良会社とまでは言えませんが、良会社とは言える会社です。あなたは一生この会社で会社員人生を全うしようと考えていました。

ところが、ある日突然、あなたの会社が倒産してしまいました。あなたにとっては青天の霹靂です。先月までそんな気配は全くなかったからです。給料の遅配などありませんでしたし、ボーナスも金額は少なくなっていましたが支給されていました。業界のほかの会社の中にはボーナスがゼロのところもありましたから「恵まれているほうだ」とさえ思っていました。そんなあなたの会社が倒産したのです。

会社で倒産を告げられたとき、真っ先に頭に浮かんだのは家族のことでした。これからの生活をどうやって維持させていこうかと考えたのです。なにしろ給料が入ってこなくなるのですから…。

会社では若い組合員が会社の幹部を吊るし上げ倒産の撤回を迫る算段をしていました。しかし、あなたは自分の年令から考えてその輪に加わるつもりはありませんでした。あなたは曲がりなりにも中間管理職として数年を過ごしていたのですからビジネスの厳しさもわかっています。業界の厳しさもわかっています。倒産も「仕方ない」と割り切っていました。

それでも家族を養う必要性は痛感していました。しかし、年齢的に再雇用の道が難しい、というより今までと同じ待遇を望むのは不可能とわかっていました。あなたは考えます。奥さんたちに報告するべきか否か…。

とりあえず、あなたはしばらくは黙っていることにしました。奥さんたちに不安感を与えたくなかったからです。問題は、お給料です。あなたはいつか週刊誌に載っていた記事を思い出します。

週刊誌には、リストラされたことを知られたくない夫が自分の貯金を毎月取り崩しお給料として妻に渡していた記事、が紹介されていました。あなたはその記事をそのまま真似よう、と思いました。しかし、あなたにはそれと同じことができません。なぜなら、あなたは自分の自由になる貯金がなかったからです。もちろん貯金通帳もカードも持っていません。あなたは結婚以来、会社から振り込まれるお給料の口座を奥さんに管理されており、あなたは奥さんからお小遣いとして毎月4万円貰っていたのでした。仕方なく、あなたは奥さんに会社が倒産したことを伝えることにしました。

あなたはその日、いつもより遅く帰宅します。家ではリビングで奥さんと娘さんがテレビを見ていました。あなたがリビングに入ると奥さんは一瞬だけあなたを見、そしてすぐにテレビのほうに顔を戻しました。奥さんは顔をテレビに向けたまま一声かけました。

「あなた、遅かったわね」

娘さんはテレビに夢中になったままであなたには関心を示しませんでした。あなたは奥さんに返事をしませんでしたが、奥さんも別段返事を期待しているようでもありませんでした。つまり奥さんの「独り言」と言ってもよいかもしれません。

あなたは二人のうしろ姿を見てそのまま寝室に入ります。あなたはスーツを脱ぎワイシャツを脱ぎながら考えます。

「なんと言おうか…」

しばらくひとりで考えたあと、あなたは決行します。

リビングでは奥さんと娘さんが先ほどと同じ格好でテレビを見ながら笑っていました。あなたは空いているソファに座ります。あなたは、妻たちに話すタイミングを見計らっていました。できるだけショックを与えないようなタイミングを探していました。そんなあなたにお構いなくテレビを見ていた娘さんは手を叩き身体を捩じらせて笑っています。

結局、番組が終わるまであなたは口を開くことはできませんでした。

番組が終わりコマーシャルが始まるのに合わせて、あなたは奥さんに声をかけます。

「あのさ、…」

あなたの声に奥さんは振り向きます。

「あら、あなたいたの?」

奥さんの声に答えることなくあなたは続けます。

「ちょっと大事な話があるんだ」

あなたの真面目な顔つきに奥さんもなにかを感じたのでしょう。意味ありげな笑顔であなたの顔を覗き込みました。

「そんなに思いつめた顔してなぁに?」

「…会社が倒産したんだ」

あなたの言葉を奥さんは意味が理解できないようでした。奥さんは呆気にとられた表情をしていました。そしてすぐに笑顔を作り「なんの話?」と聞き返しました。あなたと奥さんのやりとりを聞いていた娘さんも振り返ります。

あなたはもう一度、同じ言葉を繰り返します。

「会社が倒産したんだ」

奥さんは「えっ?」と言ったきり黙ってあなたの顔を見たままでした。すると娘さんが驚きの声を上げます。

「うそー? ねぇ、ホントなの? 冗談じゃないの?」

あなたは答えます。

「うん。本当の話なんだ。冗談だったらどんなにうれしいか…」

少しの沈黙があったあと、奥さんが言葉を発します。

「来月のお給料はどうなるの?」

「たぶん、貰えないと思う」

あなたの言葉に娘さんが反応します。

「あたし、学校どうなるの?」

あなたは言葉を返すことができません。黙っているしかないのです。現実に、来月からお給料が入ってこないのですから…。

結局、その夜は今後の生活について具体的な答えは出ないまま話し合いは終了しました。あまりのショックに奥さんも娘さんも今後のことを考える余裕がなかったからでした。もちろんあなたも同じです。どうしてよいか考えあぐねていたのです。

翌朝、あなたは普段より遅めに起きました。会社に行っても意味がないからです。昨日の夜、同僚からの連絡で会社が封鎖されたことを知っていたからです。あなたはパジャマ姿のままリビングに行きました。あなたがソファに座ると奥さんが話しかけてきました。

「ねぇ、会社、どうにかならないの?」

あなたが、会社が封鎖されていることを告げると、奥さんは黙り込んでしまいました。奥さんの話では、娘さんも落ち込んだようすで学校に出かけたそうです。

あなたは新聞を広げます。しばらくすると奥さんが聞いてきました。

「あなた、今日はどうるすの?」

あなたが新聞に目をやったまま「別に…」と答えると奥さんは声を低めて言います。

「あなたの会社が倒産したことが隣近所に知られたら噂になるわよね」

あなたは新聞に目を落としたままです。構わず、奥さんは続けます。

「あなた、しばらくの間、スーツを着て出かけてくれない?」

あなたは顔を上げ奥さんの顔を見ます。奥さんの顔が真面目なのがわかるとあなたは身体中から力が抜けていくのを感じました。そのときのあなたの瞳には悲しみがたたずんでいたはずです。あなたは力なく「わかった」と答えました。

それから毎朝、あなたは行く当てもない出勤をします。そして夜遅くに帰宅する生活を続けました。あなたは毎日、公園に行き、図書館に行き、街をブラブラしました。

10日ほど経った日、あなたが帰宅するとリビングにいた奥さんが「今後について話し合いたい」と言ってきました。隣には娘さんも座っています。

「あなた、これからどうするつもり?」

あなたに確たる答えなどありません。あるはずがありませんでした。

一応、ハローワークには行ってみました。しかし、全てのパソコンは埋まっており、さらに順番待ちしている人が数多くいました。あなたはそうした光景を見ただけで出てきてしまいました。ただ、ハローワークの受付嬢がやけにきれいだったのが印象的でした。

「いろいろ手は尽くしているんだが、いい仕事がなくて…」

あなたは普通に、正直に答えたつもりですが、その力ない話し方が気に入らなかったのでしょうか。奥さんは苛立ちを含んだ口調で詰問してきました。

「ちゃんと、探してるの? 私、この年でこんな苦しい思いするなんて思ってもいなかったわ」

すると、娘さんが言葉を継ぎました。

「私だって、困るわ。昨日も友だちと遊ぶ約束だったけど断ったのよ」

あなたはただ、黙ってうつむいているしかできませんでした。あなたのその態度が奥さんには癪に障るようで追い討ちをかけるようにあなたを責めたてます。

「あなたは男なんだから私たちを養う責任というか義務があるのよ。もっとしっかりしてよ!」

奥さんにいくら責めたてられようが、あなたにはどうすることもできません。今の時代に中高年で再就職をするとなると、正社員で高待遇な職場などあるはずがありません。求人情報誌を読んでも、最も目につくのは交通誘導員か介護ヘルパーくらいです。しかし、普通のサラリーマンをしていたあなたにはそうした仕事に就くことは想像もつきません。あなたは上目遣いで奥さんに言います。

「でも、夫婦なんだから夫がうまくいかないときは妻も一緒になって支えあうのが本当なんじゃないかな」

あなたの言葉が奥さんには責任逃れのように感じたのかもしれません。奥さんは強い調子で言い返します。

「夫婦が支えあうのはわかるけど、その前に夫としての責任を果たすのが前提となるべきよ。あなた、覚えてる? 結婚するとき私を幸せにするって言ったじゃない」

あなたは奥さんのこの言葉には反論することはできませんでした。あなたは確かに「幸せにする」と言っていたのですから。

あなたは黙り込みながらいろいろな考えが頭の中を駆け巡ります。

いったい、夫婦、家族ってなんだろ…。夫は、お金を運んでくることが夫としての存在価値なんだろうか。今回の出来事は失職が原因だけど、もし自分が病気になったのだとしたら妻は、娘はどのように対処するのだろうか。それでも、俺を責めるのだろうか。

あなたは奥さんに反論を試みます。

「なあ、ちょっと違うんじゃないかな…」

「なにが違うの?」

「おまえの話を聞いていると、なんか俺はただの給料運搬人のような気がする。それで夫婦、家族って言えるか?」

あなたの筋が通った言い分に、奥さんは少したじろいだようすでした。しかし、すぐに態勢を整えると言い返してきました。

「あのね。夫婦、家族っていうのは生活する糧があって初めて成り立つものなの。そうでしょ。だって生活できなければ夫婦も家族もやっていられないんだから」

一度吹っ切れたあなたは負けじと言い返します。

「だから、そのためにはみんなで支えあうのが本来のあるべき姿じゃないか」

「さっきから『支えあう、支えあう』って言ってるけど、あなた単に妻に養ってもらおうと思ってるんじゃない? それはあなた、男の屑が言う台詞よ」

あなたは「男の屑」という言葉に打ちのめされます。

「仕事がなくなった俺は、屑なのか…」

呟くようなあなたの反芻に奥さんは黙ったままです。

しばらくしてあなたは静かに口を開きます。

「俺たち、一緒にいないほうがいいんじゃないか。少なくとも俺はそう思う。だって俺、屑だし。おまえだって屑と一緒に暮らすのは嫌だろ」

あなたはこうやって結婚生活に失敗します。

昔から言われています。金の切れ目が縁の切れ目。夫婦の真価が表れるのは「金が切れた」ときです。結婚相手を決めるときは「金が切れた」ときに「どのように対応してくれるか」を想像して決断しましょう。もし、あなたが病で倒れたとき「どんなことをしてででも」あなたを支える覚悟があるかどうか。けれど、それを「見抜く」のって難しいんです。

第17回終了。

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