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あなたはこうやって結婚生活に失敗する(1)

はじめに)()()()()()()()()()(10) 男性編

♀ 女性編

 

結婚1週間

 

 あなたは半年つき合ったご主人と結婚しました。あなたの結婚は、乙女の頃に夢見た恋愛から発展しての結婚ではありません。そうです。あなたのご主人は王子様としてあなたの前に現れたのではありません。あなたの環境が後押しした結婚でした。正直な気持ちとしては適齢期に対する焦りもありました。学生時代の友人たちが次々に家庭を持ち幸せそうにしているのを間近に見て適齢期という言葉があなたを結婚へと駆り立てていたのです。

 けれど「誰でもよかった」わけでは決してありません。あなたなりの選択基準に照らして合格した男性がご主人でした。社会人となりビジネス社会をある程度の年数経験しているのですから、大人の男性を見る目も養われてきたという自負もあります。そんなあなたが選び、そして決断したのですから夫として一定のレベルを超えていたご主人でした。

 ご主人になるべき男性に対してあなたなりの基準があって当然です。あなたもほかの女性同様、学歴や家柄や、そして外見でいうなら身長も判断材料にはしていました。しかし、社会経験をある程度積んだあなたが最も重要したのはそれらの材料より内面でした。そうです。性格です。性格が合わないなら一緒に生活などできない、とわかっていたからです。

 内面の中でもあなたが最も重要視していたのは「優しさ」です。マスコミなどを賑わしているドメスティック・バイオレンス(DV)、いわゆる暴力をふるう男性などもってのほかです。腕力で女性を従わせようとするような男性を伴侶にすることなど考えられないことです。大人を自覚していたあなたは男性を見抜く目を持っていました。あなたが選んだご主人はDVなど無縁の人でした。そうです。あなたは「優しさ」を持っている男性を見抜く能力を身につけていたのです。

 結婚式、披露宴であなたは「自分の判断」が間違いでないことを確信しました。新郎の友人挨拶では誰もがご主人の優しさのエピソードを紹介していました。友人の挨拶を聞くたびにあなたは隣に座るご主人の横顔を眺めてしまいました。自分のエピソードを聞いて微笑んでいるご主人の横顔にあなたは充足感を持ちました。

 新婚旅行に関してもご主人はあなたの意見を最大限に尊重してくれました。スケジュールは全てあなたの希望を叶えてくれたのです。新婚旅行は全てあなたの希望通りの計画になりました。

 

 新婚旅行4日目。

 その日は新婚旅行のちょうど真ん中の日にあたり予定を入れていませんでした。あなたは新婚旅行に行く前に旅行先の情報を集めスケジュールはきちんと決めていました。しかし全日程をあらかじめ決めておくよりは「そのときの気分で決める日があってもよい」と思い中日あたりの2日間は予定を空けておいたのでした。あまりにもガチガチに決まっている旅行は面白みがないように思えたからです。

 当日の朝、ご主人はやはりあなたに「今日、やりたいことある?」と聞いてきました。

 あなたはご主人に答えます。

「別に決めてないけど、あなたはどこか行きたいところある?」

 ご主人は少し困った表情をして微笑みます。あなたはしばらく待ちます。しかし、微笑むばかりのご主人にあなたは待ちきれず催促しました。

「どこでもいいわよ。あなたの行きたいところへ行きましょう」

 今度は、ご主人は戸惑った表情をしました。

「僕も別にこれと言って、行きたいところないけど…。困ったなぁ」

 あなたこそご主人の「戸惑った表情」に戸惑ってしまいました。あなたにとってはそれほど大げさに考えるほどのことでもないように思えたからです。それを真面目に真剣に考えるご主人に少しの違和感を覚えました。

 結局、ご主人の口からは「行きたいところ」は聞かれず、あなたが近くのショッピングセンターに行くことを提案しました。ご主人は安心したようにあなたの提案に従いました。

 ショッピングセンターは日本人観光客を相手にすることが多くほとんどのお店で日本語が通じます。あなたたちは言葉の不自由さを感じることもなくショッピングを楽しんでいました。たぶん新婚さんが来店することが多いのでしょう。店員さんも慣れた雰囲気であなたたちに接してくれていました。そしてご主人はどのお店に行っても「店員さんの受けがよく」、帰り際にあなたは店員さんに言われます。

「優しそうなご主人ですね」

 あなたは自分の夫が褒められることが「自分が褒められている」ようでとても幸せな気分になります。それは取りも直さず「あなたの男性を見る目が正しいこと」を意味しているからです。

 ショッピングを楽しんでいたあなたたちはおしゃれなバッグが店先に幾つか飾られている専門店の前で立ち止まりました。飾られているバッグの中にあなたの好みにマッチしたバッグを見つけたからです。あなたは店先に陳列してある薄いカーキ色のトートバッグが気に入りました。最近は盛んにエコが叫ばれていますが、あなたはその考えに賛同していました。人間が環境を破壊しているならそれを止めるのも人間にしかできない、と思っていたからです。

 あなたは薄カーキ色のトートバッグを見ながら日本に帰ってからの日常を想像します。近くの商店街やスーパーであなたはそのトートバッグを肩にかけて買い物をしています。そのときの自分の姿を思い描いてみました。

 あなたは薄カーキ色のトートバッグの前に立ちました。そして手で触れてみます。今までに感じたことがないほど素敵な感触でした。あなたはしばしいろいろな角度から見たりひっくり返したりしながら品質を確認します。あなたはバッグに腕を通してみたりしました。その間、ご主人は少し離れた陳列台に並んでいた男性用ビジネスバッグを見ていました。あなたはご主人に呼びかけます。

「ねぇ、見て。これ素敵でしょ…」

 あなたの声にご主人はそばにやってきました。

「なかなかいいね。ちょっと肩にかけてみたら…」

 ご主人の言葉にあなたは自分が今使っているバッグを横の平台に置きトートバッグを肩にかけてみました。あなたは、そのバッグを最初に見たとき、自宅近くをそのバッグを肩にかけて歩いている自分の姿を想像していました。あなたは実際に肩にかけてみます。あなたは鏡を探します。トートバッグを肩にかけている自分の姿を鏡で見てみたかったのです。

 ご主人が店の中にある大きな鏡を見つけてくれました。あなたはご主人に促されるまま店内に入り鏡の前に立ちます。トートバッグを肩にかけたままあなたはいろいろなポーズをとってみます。そしていろいろな角度を映してみます。あなたは自然と笑みがこぼれていました。そのあなたを見ていたご主人もまた笑顔で言います。

「それ、買えばいいよ」

 あなたは、先ほどの店の店員さんがあなたに語りかけてきた言葉を思い出します。

 

「優しそうなご主人ですね」

 

 あなたとご主人は鏡のある場所を離れ陳列台のところに戻ります。あなたは購入することに決めました。あなたは陳列台の前に立つと自分のバッグを探します。支払いのために財布を取り出そうとしたからです。しかしあなたのバッグは見当たりません。あなたは辺りを見渡します。

 …確か、横の平台に置いたはず…。

 あなたは探します。自分の思い違いかもしれません。あなたはご主人に尋ねます。

「私のバッグ、知らない?」

 ご主人は微笑みながら答えます。

「わからないなぁ…。さっきまで持ってたよね」

 あなたは平台のうしろ側も探します。身体を折り曲げ平台の下まで覗き込みました。けれどあなたのバッグは見当たりません。あなたは段々と焦ってきました。少し強い口調でご主人に言います。

「あなたも探して!」

 あなたのいつもと違う口調にご主人も「ことの重大さ」が少しわかったようです。顔つきが変わり平台周りを探し始めました。あなたは手振りを交えながら店員さんに尋ねます。もちろん手つきは自分のバッグを模っていました。

「すみません、この平台でこういうバッグを見かけませんでしたか?」

 結局、あなたとご主人は店にある全ての平台とその周りを30分ほど探し回りました。けれど見当たりませんでした。…盗難にあったのです。店員さんたちも一緒に探してくれました。最後には同情してくれ警察署の場所を教えてくれました。

 警察では「旅行者の盗難は多いんですよ」と注意され、「見つかる可能性はほとんどない」と言われてしまいました。

 あなたたちは落胆してホテルに戻ります。ホテルの部屋に入るなりあなたはご主人に当たります。

「どうして私のバッグを見ていてくれなかったの?」

 ご主人は返事をしませんでした。ご主人の反応がないことがあなたをさらに怒りへと導きました。

「あなたが私を鏡のところに誘うから盗まれたのよ!」

 あなたの言い草にさすがのご主人も険しい表情になります。しかし言い返すことはしませんでした。その代わり足早に部屋を出て行ってしまいました。あなたはひとり部屋に立ち尽くすことになりました。

 …ご主人が出て行ったあと、あなたは考えます。しばらく考えます。そして反省します。…あの人に責任はない。…八つ当たりをしてしまった…。あなたは自己嫌悪に陥ります。

 翌朝、ダブルベッドにひとりで寝たあなたはご主人の笑顔で起こされます。ご主人の笑顔はあなたをさらに自己嫌悪に陥りさせます。あなたは素直に謝ります。

「昨日はごめんなさい。私、気が動転して八つ当たりをしちゃった」

 ご主人はやはり笑顔で言います。

「いいよ。僕のほうこそ気配りが足らなかったから」

 あなたは昨日の店員さんの言葉を思い出します。

 

「優しそうなご主人ですね」

 

 朝食を済ませたあと、当日の行動について話し合いました。昨日同様、予定を空けていたからです。あなたはご主人に尋ねます。

「今日は、なにをする?」

 昨日と同じ質問にご主人はやはり昨日と同じように困った表情をしました。あなたは昨日のご主人の態度を思い出していました。あなたはそれ以上ご主人の希望を聞くのをやめ、あなたの行きたい場所を提案しました。…もちろんショッピングではありません。あなたは同じ過ちを繰り返さないことを信条としていました。

 その日、あなたたちはあなたが提案した観光地に行きました。観光地は新婚さんで溢れかえっていました。観光地にはさまざまな催しがありました。どの催しに参加するかはあなたが全部決めました。ご主人に希望を聞いても「君に任せるよ」としか答えないことが予想できたからです。

 観光地では、あなたたちはなんのトラブルもなく過ごすことができました。しかし、あなたは心の隅にわだかまるものを感じていました。楽しさを感じることはあったのですが、あなたの心の隅に小さなしこりができていたのです。

 

 観光地の帰りあなたたちはレストランで食事をすることにしました。どの店で食べようか決めかねていたとき、あなたはご主人に聞いてみます。

「なにを食べようか?」

 あなたの予想通り、ご主人は「君に任せるよ」としか言いませんでした。結局、あなたが決めたレストランに入りました。食事のあと、あなたはご主人に質問します。内容は、あなたの心の隅にできていたしこりについてです。

「ねぇ、どうしてあなたは自分の意見を言わないの?」

 唐突なあなたの質問にご主人は驚いた表情をしました。

「別に、言わないわけじゃないけど…」

 要領を得ないご主人の返答にあなたは続けます。

「でも、この新婚旅行って全部私が決めてるような気がする。行き先からホテルからなにもかも…」

 ご主人はうろたえています。

「それでいいじゃない。僕は君がやりたいことについていくから」

 

 ご主人の言葉にあなたはご主人のお母さんが話していた言葉を思い出していました。ご主人に顔の作りが似たお母さんでした。いえ、ご主人がお母さんに似ているのでした。それはともかく、結婚が決まったあとご主人の家に行ったとき、お母さんはあなたにこう自慢しました。

「この子はなんでも私の言うことを聞いてくれる優しい子なんですよ」

 

 あなたがご主人のお母さんの言葉を思い出していると、ご主人が照れ笑いを浮かべながら話しかけてきました。

「昨日の夜、母に電話したんだ。君が怒ってたからどうしたらいいか、と思って…」

 ご主人の言葉にあなたは愕然とします。あなたはご主人の顔に見入ってしまいます。そして思いました。

「この人、優しいのではなく自分でものごとを決められないマザコン…。誰かが決めてくれないとなにもできない…」

 あなたは昨日の盗難事件のときの顛末を思い返します。あのとき店員さんに教えられて警察に行き手続きをしたのも全部あなたでした。ご主人はただあなたのあとをついて回っただけでした。そのときはあなたも気が動転していたので気がつきませんでしたが、ご主人はなにひとつ自分から行動はしなかったのでした。

 あなたは残りの新婚旅行の日数を数え始めました。早く終わるように…。

 

 …成田離婚…。

 

 あなたはこうやって結婚生活に失敗します。

 

 一般的に、旅行先では人間の本性が出ると言われます。特に外国という知らない土地では、日本という住み慣れた環境での行動と違い人間の素が出ます。新婚旅行で相手の本当の姿に気づき落胆することはとても多いケースです。
第1回終了。
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