ロリポ広告




スポンサーリンク

あなたはこうやって結婚生活に失敗する(6)

はじめに)()()()()()()()()()(10) 男性編

結婚7年

あなたは大恋愛でゴールインしたシンデレラでした。

ご主人とは旅先で知り合いました。あなたも「ひとり」、ご主人も「ひとり」。どちらも「ひとり」で旅行していました。あなたには「旅はひとりでするもの」というポリシーがありました。そしてご主人も同じポリシーの持ち主でした。そうしたことがあなたたちを親密にしたきっかけになったことは間違いありません。

しかも、偶然にもあなたとご主人は駅で2つしか離れていないところに住んでいたのです。あなたが心の片隅で「これは神さまのお導きかも」と高揚した気持ちがあっても不思議ではありませんでした。

それでも、あなたは冷静な気持ちも持ち合わせていました。

「旅行先で知り合った男性と地元に帰って来てから会うとがっかりする」とは、よく言われることです。地元に帰って来てからの初めてのデートの日、あなたはそんな格言を心に思い浮かべて複雑な気持ちにもなりました。しかし、そんな腰の引けたデートも、帰りの電車の中では解消していました。理由は、食事のあとの会話の中で、ご主人が「あなたが思い浮かべていたのと同じ複雑な気持ち」を告白したからです。ご主人もあなたと同じように思っていたのです。ご主人の告白を聞いてあなたは思わず噴き出してしまいました。あなたも「同じ気持ちだった」と話し、二人して笑い合ったのです。

こうしてあなたたちは急速に熱烈な恋人同士になっていきました。そしてその勢いのままゴールインを迎え、あなたは、ご主人と結婚して「恋愛結婚の極み」を獲得したと思っていました。新婚旅行から帰ってきたあと、勤務していた会社の同僚や後輩などと会ってもあなたは「恋愛結婚の鏡」と持て囃されていました。もちろんあなたも周りのみんなに自慢したい心持ちでいました。それほどあなたの恋愛結婚は独身女性が憧れる理想の物語でした。

どれほど大恋愛で結婚したとはいえ、結婚したあともつきあっていたときと同じ強さの愛情が長続きするとは限りません。賢明なあなたですので、もちろんそのこともわかっていました。1年が過ぎ、2年を越え、3年が終わろうとする頃には恋愛時代の愛情に比べると幾分落ち着いてきたとは思っていました。そしてそれも当然だと思っていました。なにしろ、あなたは賢明なのですから…。

それでも、大恋愛だった頃の片鱗はいくらか残っていました。たまに、旅行に行ったときのアルバムをめくったり、その中の気に入った1枚をパネルにして部屋に飾ったりしていました。あなたは夫婦とはそのようにして年月を重ねていくものだと思っていました。そして7年目を迎えていました。

ある日、家族揃って食事をしたあと子供たちはダイニングテーブルからテレビのあるリビングに移動していました。ダイニングテーブルにはあなたとご主人の二人が残っていました。あなたは通販カタログを読み、ご主人は新聞を読んでいました。あなたがカタログのページをめくったときある音が気になりました。

カタカタカタカタ…。

小刻みになにかがぶつかる音がしました。心なしかテーブルが揺れているようにも感じました。あなたはカタログの文字を追ってはいるのですが、意識はその音を捉えていました。あなたは耳をすまします。

カタカタカタカタ…。

あなたは顔を上げご主人を見ます。ご主人は新聞に顔をうずめていました。あなたは戸棚のほうを見ました。そして次に反対側の壁のほうを見ました。あなたはもう一度ご主人を見ました。そして気がつきます。ご主人の新聞がかすかに揺れていました。

あなたは上半身をかがめテーブルの下を覗き込みました。ご主人の足が見えました。そしてその足が小刻みに揺れていました。

貧乏ユスリ…。

ご主人に話しかけます。

「あなた、足…、揺らしてる?」

ご主人は新聞から顔を出すと不思議そうな顔つきであなたを見ました。

「えっ、あぁ…、そうみたい」

「ねぇ、それやめてよ」

「ああ…」

ご主人は表情を変えることもなく答えました。そしたまたなにごともなかったかのように顔を新聞にうずめました。

翌日、晩ご飯のあとあなたは子供の幼稚園に提出する保護者の連絡帳を書いていました。1ヶ月に1度親が担任に提出書類です。どこの親もそうですが、こうした幼稚園への提出物は苦労するものです。なにか「気の利いた内容の文章を書かねば」というプレッシャーがあります。親として、「子供に恥をかかせないように」と思い文章と格闘していました。

向かいには経済雑誌を読んでいるご主人がいました。

あなたは下書きとなる文章を考えています。ときに天井を見つめ、ときに腕組みをし、ときに目を瞑り…。

そのときです。音が聞こえました。

カタカタカタカタ…。

たぶん、「聞こえた」という表現は正しくありません。正確には「気になり」だしました。あなたはすぐに音源がわかりました。そうです。前日も同じ経験をしているからです。今回は、あなたは周りを見渡すこともなく、すぐにテーブルの下を覗き込みました。思ったとおりでした。

「ねぇ、足を揺らすのやめてくれる?」

あなたは少し強めの口調で言いました。

雑誌から目を離しあなたを見たご主人は無表情でしたが、返事はしました。

「ああ…」

ご主人は足を揺らすのをやめました。ご主人が足を揺らすのをやめてからもあなたの文章との格闘は続いていました。なかなかいい文章が思い浮かびません。しばらく悶絶したあとあなたは詰問するような口ぶりでご主人に言います。

「あなたの貧乏ゆすりって前からやってた?」

あなたの言葉にご主人はすぐに顔を上げました。そしてしばしあなたの顔を見つめたあとなにも答えずに席を立ってしまいました。

あなたはご主人のいなくなった椅子を見つめながら文章と格闘を続けました。

翌日の午前中、あなたは洗濯を終え掃除をしながら考えていました。いえいえ正直に言うなら反省をしていました。すぐに「反省」という言葉が出ないのは結婚後のあなたの生活環境が影響しています。

あなたは寿退社後、専業主婦をしていました。会社勤め時代と最も違うのは上司がいないことです。あなたを管理する、押さえつける人がいないことです。あなたを叱ったり注意する人がいないことです。たとえ、お風呂の水を溢れさせても、ご飯を焦がしても、電気代の支払いを忘れても誰からも怒られたり責められることはありませんでした。あなたは家庭の中で王様でした。王様は「反省」などする必要はないのです。

そんな立場のあなたでしたが、そこは賢明なあなたのことです。自分を見つめることも忘れていませんでしたので自分を戒めることも知っていました。そこがあなたの賢明なところです。掃除をしながら「考えていた」と言ったあとに「反省をしていた」と言いなおした所以です。

あなたは昨晩のご主人への言葉遣いを反省していました。幼稚園への提出物に頭を悩ませていたことが原因ですが、あなたはご主人に「八つ当たり」をしてしまいました。いくら「イライラして」いたとはいえご主人に対しては失礼なことでした。あなたは今晩のメニューをご主人の好物にしておかずを一品増やそうと思っていました。

その日の晩、ご主人の好きなポトフを出しました。子供たちもどちらかというと好きな部類でしたので大好評でした。けれどご主人はそれほどうれしそうでもなく淡々と食べていました。ご主人への償いの意味で増やしたエビフライもそれほど反応するわけでもなく普通に食べていました。

あなたは食事の途中からご主人の反応に少し不満でした。それでもその気持ちを表に出すこともなく普段どおり振舞っていました。しばらくするとあなたはご主人が食事をするときに口から出る音が気になりだしました。

ズズズズズ…。

ポトフのスープをすする音です。最初はそれほど気になるほどでもありませんでしたが、時間が経つにつれ音が大きくなったように感じてきました。するとご飯を食べたときの噛む音までが気に障るようになってきました。…もちろんあなたは口に出しては言いませんでした。

その日以来、あなたはご主人が食事をするときの音がとても気になるようになってしまいます。それでもあなたは一言も注意をしたことはありません。あなたは自分が「気にしすぎ」、と言い聞かせていました。なぜなら今までそのようにして7年間共に暮らしてきたのですから…。

その後、2週間くらい経った頃でしょうか。

あなたはご主人の洗濯物を洗濯機に入れるときちょっとした戸惑いを覚えている自分がいることに気がつきました。今まで一度も感じたことがない感覚です。あなたは自分自身に驚いていました。

あなたはここ2週間を振り返ります。

あなたはご主人と笑顔で話していないことに気がつきました。そうです。あの貧乏ゆすり以来、あなたはご主人と楽しく会話をしていなかったのです。ご主人は普段と変わらなく接していたかもしれません。しかし、あなたの心の中の接し方は間違いなく以前とは違っていました。

部屋の掃除をしていたときご主人の靴下がタンスの前に置きっぱなしにされていました。あなたはご主人の靴下を見て嫌悪感を持ちました。するといろいろなことが目につくようになりました。

鼻をかんだあとのティッシュをゴミ箱に入れないこと。食事のあとの爪楊枝をテーブルに置いたままで席を立つこと。…あなたは急にご主人がつまらない男性に思えてきました。

それでも3ヶ月辛抱しました。実家の母にも相談しました。母はあなたを責めました。当然です。

「たったそれくらいのことを辛抱できないのは『おまえが悪い』」

とまで言われました。もちろんあなたもそれは理解しています。大人の女性がとる態度ではありません。けれど、あなたはどうしても我慢できなくなっていました。

あなたはご主人と同じ空気を吸っていることさえ我慢ならないほどご主人に対して冷めていたのです。人間はいつも論理的に行動できるわけではありません。人間とは感情に支配されることもままあります。あなたは思い出していました。

「旅先で始まった恋は地元に帰ってきて冷める」

あなたはこうやって結婚生活に失敗します。

お金がなくて「買いたいものも買えない」とか「遊びにも行けない」などという物理的に辛いことは夫婦なら辛抱できるものです。しかし、精神的に辛いことはどうしようなく我慢できるものではありません。例え一時期、お互いに愛し合っている期間があったとしてもその期間が永久に続くことは稀です。「あばたもえくぼ」は新鮮な愛があるときにしか通用しないものです。

第6回終了。

はじめに)()()()()()()()()()(10) 男性編

ロリポ広告

スポンサーリンク




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする