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あなたはこうやって結婚生活に失敗する(11)

11)(12)(13)(14)(15)(16)(17)(18)(あとがき) 女性編

♂ 男性編

結婚1週間

結婚式も盛大に終わり、そしてあなたたちはハワイへと新婚旅行に行きました。あなたは外国へ行くことも初めてならなんと飛行機に乗ることも初めてでした。あなたは飛行機に乗ることに少しばかり不安があったことも確かです。その緊張感からあなたはパスポートを持つことを忘れていました。もし、奥さんが家を出る前に持ち物チェックをしていなかったなら新婚旅行は中止になっているところでした。あなたは奥さんに尊敬の念を抱きます。ただ、あなたがパスポートを忘れていたことを非難する言い方に侮蔑するニュアンスが含まれているように少しばかり感じていました。

奥さんは旅行慣れしておりあなたの不安な気持ちとは反対にただただ新婚旅行に期待を膨らませているようでした。当然、飛行機の中でも機嫌がよくあなたにハワイの観光地の薀蓄を語っていました。そうです。奥さんは幾度目かのハワイ旅行でした。しかし、あなたは飛行機が離陸する際のあの緊張感がまだ抜けきれず、奥さんが話す内容の半分も頭の中には入ってきませんでした。奥さんはあなたのそのような心境を察することもなく機内食を残らず食べていました。

ハワイのホテルでも奥さんが主導権を握っていました。あなたはただ奥さんに言われるがままに従うしかありませんでした。あなたはまるで「自分が奥さんの召使のように」なっていることに少し不満を持ち始めていました。

日本人が訪れることで有名な、そしてそのほとんどの客が新婚夫婦で占められているレストランでのことです。

奥さんはとても満足そうに全てを平らげ、そしてあなたはと言えば慣れない食事に落ち着かないでいました。食事を終えたあと、あなたはトイレに立ちます。トイレの鏡で自分の顔を見るとやつれたような感じがしました。あなたは新婚旅行に疲れていたのです。それでもせっかくの新婚旅行ですからあなたは自分に言い聞かせるように「楽しもう」と思い直しました。

気分を変えあなたはトイレから出てきます。あなたは遠目から自分のテーブルを見ました。するとどうしたわけか、あなたの席に誰か見知らぬ男性が座っていました。あなたはテーブルを見間違えたのかと思い向かいの席を見ます。そこにはあなたの奥さんがあなたがトイレに立つ前と同じように座っていました。しかも奥さんは笑顔で楽しそうにあなたの見知らぬ男性と笑い合っていました。あなたは足早にテーブルまで急ぎます。もしかするとあなたの表情は怒りに満ちていたかもしれません。それはテーブルに着いたときの奥さんの言葉でわかりました。

「あら、あなた…。どうしたの? 怒ったみたいな顔をして…」

あなたは自分の気持ちを落ち着かせようと努めながらあなたの席に座っている男性に作り笑顔を向けました。あなたは精一杯「笑顔」のつもりでしたが、もしかしたらあなたの頬の肉は引きつっていたかもしれません。その証拠にあなたの席に座っている男性は軽く会釈はしましたが笑顔ではありませんでした。

奥さんが手のひらを上にして男性のほうを指しながらあなたに紹介します。

「こちら平松さん。私が前にハワイに来たときにお世話になったのよ」

あなたはどのように振舞うべきかわかりかねていました。ただ立ち尽くしていました。あなたは顔だけを男性のほうに向けました。あなたは男性を見ながら二人の関係を詮索していました。男性の年令はあなたより少し年上くらいです。浅黒く逞しい胸板があなたにコンプレックスを感じさせました。

奥さんが促します。

「あなた、ご挨拶をして…」

奥さんの言い方にあなたは「上から目線」を感じ、少しばかり屈辱感を感じます。それでも一応挨拶の言葉を口にしました。男性も足を組んだままではありましたが、笑顔で応えてくれました。しかし男性の目が笑っていないのをあなたは見逃しませんでした。

あなたは立ったままでした。あなたは周りの目が気になりました。今のこの3人の状況を見て、どちらを夫だと思うだろうか…。

男性が奥さんに話している言葉が聞こえました。

「それではまたいずれ…」

男性はあなたに軽い会釈をするとレストランの奥のほうに歩いて行きました。あなたは男性が座っていた席に腰掛けます。いえ、違います。その席は最初からあなたの席でした。

たぶん、そのときのあなたの表情が険しかったのでしょう。奥さんは自分から話しかけようとはしませんでした。あなたはグラスを飲み干しました。そしてグラスをテーブルに置くと奥さんの顔を見つめました。

「このグラス、僕のだよね…」

結局、レストランでは最後までお互いに一言も口を開きませんでした。その間、あなたは結婚する前に奥さんとデートしたときの「あのとき」の出来事を思い出していました。そうです、奥さんとデートをしていたときに見た「あのとき」の光景を思い出していました。

あのとき…。

あのときは、あなたがソフトクリームを買いに走ったのでした。幾度目かのデートのとき、あなたたちは遊園地に行きました。それは奥さんが言い出したデート場所でした。あなたの本心では、もうすぐ30才になる大人がデートする場所としては「似つかわしくない」と思っていました。けれど奥さんの強い要望を聞き入れたのです。奥さんは「青春時代を思い出すために」などと茶目っ気な瞳であなたに迫っていました。

しかし一方では、あなたはメリーゴーランドに乗ったときの奥さんの無邪気な笑顔に恋心をときめかしていたのも事実です。普段は見せない子供のような振る舞いがあなたを虜にしていました。そして遊びつかれたあとベンチに座っている奥さんのためにあなたはソフトクリームを買いに走ったのでした。

両手にソフトクリームを持ったあなたがベンチに戻ると奥さんはいませんでした。あなたはあたりを見渡します。すると奥さんは少し離れた大きな木のうしろに隠れるようにして携帯電話を耳にあてていました。あなたは奥さんのほうに歩いて行きます。あなたは奥さんを驚かそうと近くまで行きました。しかし奥さんの顔の表情がわかるほどの近さまで歩いたところであなたは立ち止まります。それは、奥さんの表情が大人の顔になっていたからです。あなたは声をかけるのが憚れました。あなたはベンチに戻り腰を降ろすとソフトクリームを食べはじめました。

しばらくすると奥さんが笑顔でやってきました。無邪気な笑顔に戻っていました。

「ごめんなさーい。会社の後輩から電話だったの…。今度合コンやるから是非メンバーにって。なにもデート中の私に声をかけなくてもねぇ…」

おどけて話す奥さんの表情は先ほどの携帯を耳にあてていた奥さんとは別人のようでした。あなたは携帯で話していた奥さんのことは忘れようと努めました。

結局、気まずい雰囲気のままあなたと奥さんはホテルに戻ります。奥さんは廊下を早足に歩いていました。あなたは奥さんのあとを追うように歩いていました。もちろん二人とも無言のままで…。途中、宿泊中に親しくなった従業員の女性とすれ違いました。従業員の女性はいつものように笑顔で挨拶をしてくれました。しかし奥さんは一瞥しただけでなんの反応もしませんでした。あなたは奥さんの分まで笑顔で応えるしかありませんでした。

部屋に入ると奥さんはそのままベッドにもぐりこんでしまいました。あなたは室内の中央で立ち止まると大きく肩で呼吸をしました。あなたはゆっくりとベランダのほうに身体を向けました。あなたの視界にはガラス越しに一望できる夜景が広がっていました。

しばらく夜景を眺めていると、あなたはガラスに自分の姿が映っているのに気がつきます。もちろん、あくまで部屋の中と外との明るさの違いから単にガラスに反射しているだけですから鏡のように色や細かい部分まではっきりと映っているわけではありません。それでも、床から天井まである大きなガラスですのでシルエットだけはとらえることができました。あなたは自分のシルエットを頭の先から顔、肩、胴体、太ももから足の先まで目でゆっくりとなぞりました。そして、ため息混じりに微笑んでしまいました。あなたの両肩が対称ではなかったからです。あなたの右肩は左肩より少し下がっていました。

どれくらい時間が過ぎた頃でしょうか。奥さんがベッドから起きてきました。あなたが座っているソファのうしろを通り過ぎキッチンに行きました。冷蔵庫を開けた音がします。そして閉めた音がすると、ミネラルウォーターを手にした奥さんが室内に戻ってきました。壁際のソファに腰を降ろし、ミネラルウォーターをひと口飲むと口を開きました。

「私になにか言うことある?」

あなたは返事をせず夜景のほうを見たままです。奥さんもしばらく無言でした。室内には静けさだけが漂っていました。奥さんはまたひと口ミネラルウォーターを口に含みました。あなたはガラス越しに夜景を眺めたままです。もしかすると夜景ではなく自分のシルエットを見ていただけかもしれません。奥さんが落ち着いた声で話しかけてきました。

「あなた、勘違いしてない? あの男性はただの友だちよ」

あなたは奥さんの口から出た「ただの友だち」という言葉を聞いて、今まで胸の底に押し留めていた澱のようなものが噴き出てくるのを感じました。あなたは身体を奥さんのほうに向けます。

「ただの友だちが僕の席に勝手に座っているわけ。しかも僕がいない隙に」

奥さんはあなたの口ぶりに驚いたようでした。あなたは今までにない乱暴な口調で話したからです。奥さんが反論します。

「隙ってどういう意味? あなたやっぱり変な勘ぐりしてるわ」

あなたは先ほどより早口で続けます。

「ねぇ、おかしくない? 新婚旅行に来てちょっと夫が席を外している隙に、あっ、隙って言っちゃいけないだ。席を外している間に夫以外の男を向かいの席に座らせる君の神経がわかんないんだよ」

「あのね、さっきも言ったけど、あの人は私がお世話になった人なの。その人に対してあの挨拶の仕方はなによ。失礼じゃない。私、恥ずかしかったわ」

あなたは奥さんに失望します。あなたにとって奥さんの言い分は許せないものでした。あなたには、奥さんがあなたよりあの男性を大切に考えているように思えたからです。あなたはレストランで思い出した遊園地での出来事を口にしようかと思いました。しかし口を開こうとして躊躇しました。あの出来事を口にしてしまうと自分がみじめになるような気がしたからです。あなたは口を瞑ります。そしてあなたはまた夜景に目を向けました。

あなたの態度を見て奥さんはなにかを言いかけます。しかし、最初の一言を言いかけてやめてしまいました。そしてミネラルウォーターを飲み干すとまたベッドにもぐってしまいました。あなたはガラスに映ったベッドのシルエットを見つめていました。

あなたはひとり呟きます。

「俺って、彼女をなにも知らなかったんだ…」

成田離婚…。

あなたはこうやって結婚生活に失敗します。

小さな疑惑を抱えたまま結婚に至ってしまうと、その疑惑が原因となりほかのことまで妄想してしまいます。そして「ときの経過」とともに小さな疑惑が大きな不信感になります。そして、大きな不信感を抱えた状態のときは、些細な出来事で爆発しやすくなるものです。もし、相手の背後に小さくとも影が見えたとき感じたときは躊躇わずにすぐに話し合いましょう。

第11回終了。

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